2025.12.27 Vol.69
「The Emerald Beginning of Qualia Slope Part.9」




哀しき定点座標が佇む昨今今宵。
気付くと振り返る先のCitronも
朧げ幽かに啼いている。
その声を体内座標の少し高めで
掠め取り感じる。
君の悲しさをずっと遥香で感じている。

1090kmを繋いだ荊のsilenceを
手繰り寄せた某夜。
気付けば翌朝ロードフィルムを逆算させ
東京へと向かう。急がねばならなかった。

走馬灯のように駆け巡る記憶群は
見事に駆け巡り、
現地に着くまで律されたsilenceは
取り乱した粒立ちを隠しきれない。
スーツケースを持ったまま、
僕は計画都市の病室で
意識を朦朧させた祖母と会う。
普段以上に痩せ細った祖母に
生気は無かった。
細く開いた目は末期の眼と
なっていたに違いない。

膝から崩れ落ち、
顔を伏せた僕は時間の体感を
失うほどに気を落とした。
夜に来る病院からの電話の挙動にも
常に敏感になっていた。
今までの生活で感じない
肩と腰への疲労感は否定出来ないものだ。

幸い、祖母は奇跡の回復を見せ、
今も日に日に元気を取り戻している。
家族を改めて繋げてくれた祖母に
心からの感謝が尽きない。
祖母が繋ぐトーチリレーを絶やしてはいけない。
僕もありとあらゆる意味で受けた博愛を
等分以上にレバレッジ増殖を目論む。



理由はとても簡単である。
自分が感じる全方位の「幸」を
独り占めしてはいけないという
信念が強くあるからだ。



世界万国で通ずる主義主張思想を取り除いた
ジェネラリティな仁義を欠く不義理を
目論む人間は容赦無く許さない。
しかし、幾多の恩義を賜る
幾多の失敗などあって無いようなモノであり、
眼に映るもの全てへ博愛を持たねばならない。

その想いが消えた灰色の街や
世界が来る日だけが唯一の恐れなのだが、
その全体主義に逆らうことなく、
僕はひっそりと何処かへ
消えていければいい。

粋持つ者
絶えぬ歴史の混沌へ伐漠される錯誤
悲しみは枯れど、
節目のCoyote再び宿る目に
无疾而终の連蓮と成る。




In Silently...














聖夜を越えた一夜も儚く過ぎた。

ブラックアウトへ身を投じたいと願う
夜を越えた幾夜も
過ぎ去れば過去の燈篭となり、
近代力学の車内から眺める景色が
タイムマシーンのように今の中での今を
より深く濃淡な輪郭を際立たせ、
今への深き感謝と安重の
クオリアが沁み際立つ。

意図的な斜視で車窓を眺めてみる。
隣人が夜世に走らせ散りばめた視点線入力。
日本全国の比較的西側に
酷く散りばめ落とす様はGPSで
追うことは出来ない筈。
仮設的推察で追うならば、
視点線を否電車メトリックな海図を
主軸に置くという空技を
行わねばならなくなる。




人々が最も視点線入力する位置は何処?
難議題を自らに与えることで、
日々窓際族の脳内に役務を与え、
思考の探索を試みるのだが、
そうしている間に隣人は眠りに就いていた....





秘めたるロミリーが見せる妖美。
舞台に立つ瀟洒な君が魅せる
端麗魅惑の裏側に
何本のロミリーを差し出せば良いのか難疑。
ロミリーの花群の秘密は
常に光と闇のアントニム方程式を組成しがち。
君が差し出す言葉は背中を押すが、
君の導きへ容易く応じて一歩踏み入れれば、
一瞬でマルベリーに成りかねない。





Facing to your rhetrics... at the moments ...





その場でしか適合しない
クチュールな答を創り続ける生き方こそ、
とめどなく綺麗だと定義する。

しかし、それは若気の至りや初期衝動という
消費期限の濃淡は等しく同じではないので、
同等と評するのは右脳派と左脳派のように
違うのではと思う。



ふと、座標を大きく動かした今。
無言の渡鳥の中の一羽のような自らは
大群から大きく逸れ猛烈な速度で移動している。
限りない退避と退却のとめどない
錯誤錯乱が起き続ける。


そんな民も居る地球という星の
多大な母性に謝辞が尽きないのである。
年末年始に帰省する人々も
結果的には始たる座標へ戻るだけ。
限りない地球を染み染みと感じるだけなのだ。

そろそろ現実のタイムラインへ
戻れるかもしれない。
人生を忘れかねないよう、
この世界の片隅にて。