25.6.3 Vol.48
「Highly reproducible and
non-reproducible with i
mitation reflections 0」



涼暮月を迎えた3日前。
比較的風は穏やかで
季節相違な湿度は高らかでない。
綺麗な過ごしやすさを認める今は
猛暑とPaの錯乱の前の静けさ。










気付いて振り返ると何もない様は見事で、
自らもそのくらい空気のような
静けさで消えれればと幾多に思う。

幼少期からの仮死体験と
外内的要因からの
精神的な不安定さから、
自ずと瞑想を行っていたことは
今も続いている。
脱法行為ではない形での
自然に体を抜けていく快感の確立は、
年齢を経ることに上手さを磨けている。

以前はソラックスやデバスを
頼らなければいけなかった浮遊感に
自然現象を絡ませた生態の科学検証に、
科学の力を盲信することは無くなった。






































睡眠によるアンビエンスへの
邁進迎合に断りを入れる。

比較的突然かつ
脈絡無い記憶がカットアップされ
マッシュアップされた睡眠は
何よりの御馳走と褒美あり、
代償のないバラエティへ
焦燥的な高揚への探求を只管欲する。

自らは試行的信仰振興しない形での
睡眠創作という仮想興行に
美学を用いるのみ。

充実充足が連綿した睡眠が続くことが、
幸福な光を灯す。
その先の光に照らされ続けることへの
永遠と恒久を探しに邁進するのだ。







目を瞑ることへの拘りは異常に持っている。
ある時から、
九分九厘な暗室でも
アイマスクが無ければ、
快適な睡眠を摂ることが
出来なくなっている。
アイマスクがあれば、
普段から長距離移動でも堂々と寝ている。



一時期から耳栓にも興味を持っており、
大学生の頃から
軍事的に利用された耳栓で
遮音された状態の
モスキート音的な傾聴への関心が
非常に強かった。
今になり、この音を欲することが
サウンド・アートへの探求と始まり
だったのかもしれない。

日常で感じる音には
添加着色された七色が齎されていて、
外食の味付けのように、
外を出た音は過度にアンバランスに
ダイナミクスが高らかだ。

イアフォンを耳栓として使うことも暫し。
僕が求める恒久の係留地の理想には、
音が無い世界が佇む。





















ドアを開けようとする誰かへ過敏に反応する。
僕も鍵を開けようとしたが、
それは類する鍵穴の誰かだった。

咄嗟に何事も無かったように
猜疑心を日常へ溶かしていく。

















シャツを屈託なく着ることは、
一つの敬意である。
最近は白シャツを着ることを好む。

一時期は嫌いだった白シャツ。
綺麗に自分を移し
鏡鑑みることが嫌だった。
僕なりの潔白と清らかを
其処に透過を試みているのかもしれない。

社会に同期出来ない
字足らず至らずな僕が唯一好む形式美。




タオルを頭と体で使い分ける。
自宅に居るときくらい、
タオルは多めに使いたい。
とはいえ、通常のバスタオルの1/7以下の量。

出張時はタオルの交換が愛おしい。
その一瞬の新しさに
清らかさを迎合させた瞬間が好ましい。



朝に意識と視界を同期させた後、
なだらかな8:00~9:30が
最も尊く贅沢だと感じる。
この季節のこの時間の贅沢さは
無口を饒舌に作用させるほどに見事。
ルーティンを経て時間を確かめたときに
「まだこの時間か」と
感じられる幸せがある。
僕はこの時点で
所謂もう1日が終わったと感じるからだ。


そして15:00~16:30の時間は
香典を沈めたかのような良さがある。
ここで一日の終わりを悟る。
通学路が帰路に
方則順路が変わる循環を
耳で感じるとともに。












パーティーの後の静けさと
余韻のリフレインと
反芻の相互作用の高鳴りが心地良い。
アンビエントなInsenceが
内的作用を促進し、
澄み渡らせる。

そして跡形も無く形を為さずに消えていく。
少しずつ、記憶も心地良さも楽しさも。
記憶の循環の摂理だけが
一番頼り甲斐のある
大人さの根源なのかもしれない。



洛陽を幽かに感じた
落陽の名残惜しさとともに
まだ知らぬ朝陽は
比較的前日を謎り模造反射し、
デジャヴを錯誤させる。

僕は何時まで
明確に覚えられる日々を踏みしめられ、
地球上の何処かの原子記号に
模すことが出来るのだろうか。

その原子記号に微分に内包された
無味無臭な累数が
何処まで、
は彼となくリフレインするのかは、
誰も何も何処までも
知ることのない未踏。

因数分解されない空気進数の経路は、
望まぬ錠を緩りとくぐり抜け、
限りなく那由他な空気から
心底望む心住へ包み込みたい。