2026.2.28 Vol.79
「 The Emerald Beginning of Qualia Slope Part.18」







Pre-April Fools





嘘を重ねる丹念を試みようではないか。

言葉游びは悪くない。
然し、人々を惑わせてしまう。
游びで済まないこともある。
特に文章や絵を交わした人々との
感性の行進は愉しい。




「お互いの言葉が嘘だと分かっていた大人の游びなら…?」

嘘の現は魅力の苑。筆の苑へと引き込まれていく….





現実を振り向かせる香りは
現実再現性が高きモノに限る。
単調な薫りでは退屈してしまう。
書斎での香りはリナーリを微睡わせる。
個室があると思わない
表層的な佇まいの白壁の向こう側は、
自分だけが知る密かな村
(億劫なクオリア坂の先)が広がる。























現(Asleep)の現間。
朧げなHandrail感触は無い。
然し腰を降ろしている感覚だけはある。


微分のクオリアの現。
Translucent Quinteto Kinects …





気付けば居場所も追いやられた際限無き窓際。

目を閉じてはいけない。
全てを忘却の追憶群へ片付けてしまう迄に…
求めていることは某流史。
時刻表を守れない
リカレントバスが追憶から追いかけてくる。
メタフィジックなオントロジーを
何時迄信じきれる、、?




視界は極力狭め、工侠を進んでいく….





他人に求めた言葉が全て出てこない擬しさ。
それに加えて、
人力で空を飛べない程度の力学で
平行線な世の中で良い。





季節外れな三次元な人波に
感傷風が練り込まれる。

波を避けてしまう。

然し、電人波は何時でも怖く、
自らの非可視なBeaconをへし折りたいとも思う。
それを自傷行為と定さないのであれば、
喜んで受け入れる。




全てはこの電波が全てを狂わせてしまう。




クオリア坂の追憶の電波塔の
規律性・自知律性も疑わしい。

若者ですら辛い坂道ですら、
常に苦しさを留せてしまう。

脳への酸素伝達を阻む
意識的解釋に於ける6Gの世界といっても過言無き。


真髄に意識を飛ばしかねない….





嘘は同様の空白と微分の猜疑心を含み、
苑を離れた余韻を拒もうと試みる。

気付けば、また多くの下らないアミンが
体内外に絡みつく。
そしてアミンも離れまいとしがみつく。
それが生命の摂理。



アミンの乖離現象に 心理的な橋を掛ける。
嘘の現の余韻は未だ
苑の立式構築を阻むことがない。

往生際の悪いリカレントの余興に愛想を尽く。
高々朔日な嘘の貝塚の博覧会の
周期的な永久機関な循環は不要。

気付けば1日で降り積もってしまうのだ。
後片付けへの配慮も一切無く。