「The Emerald Beginning of Qualia Slope Part.22」
「いつも毎日、窓を開けて寝るのが好き。
夜の匂いがするの」
トキを経て、誰も想像が付かない書斎で
フローラルムスクの薫りを纏い、
超冷却浴で脳のゴミを取り除き、
比較的すぐ書斎へトップノートを放つ。
彼女が言い放ったあの時の言葉だけを覚えている。
何千日を越えた今もずっと心底其処にキミが居る。
そして、僕の肩を優しく撫で寄り添ったのも君だった。
付帯してその記憶も「よく」残っている。
そして、あの冷めたベンチのコトも
比較的明瞭に付帯して…
Suspended to Quelque Radius…. ?
視野が灰色を手繰り寄せている。
メールが返せない不具合は今も続いており、
回答が必須でないモノ以外は流している。
「商業の文章を書くことに飽きてしまったんだ。」
尊敬する著者との対話ほど愉しい時間は無い。
而もお互いの本性は別の姿であり、
異なるThemeを持っていることが真新しいのだ。
別の職業を持つ方の文章はとても面白い。
そもそも「狙って」いないのだ。
自然体で緩やかな様ほど
ハニカミが自然と訪れる。
狙ったモノは全くもって面白くない。
予備知識が有り過ぎるモノは
自らのクオリアを濁らせてしまっている。
狙ったモノなど酷く全く面白くない。
ブランディングされた何か、
幾つ思い出せるだろうか。
過度に知りずぎてしまった窓を
開けざるを得ない事態。
窓を開けると、不思議に降れる階段がある。
そして辻褄が合致しない鍵。
そのまま階段を綺麗に降りられるのなら…
然し鍵が合わねばその先は見えない。
其処から見える景色が絶景であることは
GoogleEARTHが証明している。
疾走感を駆け巡った果ての喪失感。
灰色な世界はアースカラーとして
地球のユニバーサルカラーと成る。
シューゲイズな世界は常にAsphaltと動機している。
本人は精神乖離的な色盲だと気付いていない。
色を魔法だと思える世界線が、
模写されるとするのなら….?
2度と戻らない感情と摂理とNeが
あることへの尊さ(Tristesse)。
君が判らない答えを抱え込み続ける僕は、
答えにならない何かを負い続ける。
「もっと文章を書けるようになりたくて」
素直に書けばいいのだけであり、
所謂Blogサービスのマジョリティ迎合における
構文的な強制的さが、
文字に意思を持たない人を
より露頭に迷わせている。
付帯して悪さをするフォロワー問題。
僕はもうフォロワーという概念を
ネット上から消してもいいと思っている人間だ。
そして(死語だが)電話帳に
電話番号があるから友達が居ると
同義語でないことに似ている気もしなくない。
僕はと言えば、感じたことをそのまま書いている。
文章を書けば、
あのときその刹那に戻れる気がするからだ。
Tristesseを纏わせたウォーキングは悲壮でしかなく、
もう全てを終わらせたいという衝動を
何度も呼び覚ます。
全てがエイプリルフールなら、
少しは笑い飛ばせるのだが、
それはリミテーションがあるものではない。
ふとクオリア別坂を下っていると、
仄かな桜吹雪が押し上げてくる。
太陽を見て明るいと絶対的な印象を
論じるかのような感覚が込み上げてくる。
春灯に奨励されているのだと悟る。
今年ほど桜に興味の無かった人生は無いが、
桜という新年度の頭の芽吹きを
此処まで明瞭に表しているモノはない。
そんな興味のない年の然りげ無い
日中に救われたのだ。
「君はどんな季節や瞬間の窓風が好きなの?」
聞きそびれていた春の円陣を廻ろうとしている。
君が鳴らすスティーブ・ライヒの
合奏の一部が
追憶のテチータの音頭を摂り、
記憶の辻褄を重ね合わせていく。
桜に始まり、終わろうとしている。
其れが呉れ呉れも終話せぬよう、
慰められないように試みる。